赤い電車と42年ぶりの母校訪問と恩師の言葉
12月18日、還暦60歳を迎えた私は、刈谷での用事のついでに42年ぶりに母校・碧南工科高校を訪れることを決めました。
母校を訪れるのは卒業以来初めてのこと。刈谷駅から名鉄三河線に乗り込み、赤い電車の左右の揺れがあの頃の記憶を呼び起こします。
特に刈谷市駅から小垣江駅に向かうあたりのカーブでは、揺れる車両とともに西三河の風景が目に広がり、通学路だった日々が鮮明によみがえります。
冷房のない夏の車内で、汗をぬぐいながら通ったあの頃。高校生たちでぎゅうぎゅう詰めの車内には、熱気と青春の活気が満ちていました。
「北新川駅」のアナウンスが流れると、一気に3年間通い続けた記憶が蘇りました。改札を出て母校へと続く道を歩くうちに、42年前の自分がそばにいるような感覚に包まれました。
学校に到着し、玄関で受付を済ませ、案内を待つ間、何人もの生徒たちが私に「こんにちは!」と大きな声で挨拶をしてくれました。見知らぬ人間である私にためらうことなく真っ直ぐに向けられるその挨拶に、驚きと感動を覚えました。
「挨拶ができる」という簡単な行動を、心から自然に実践できる生徒たちの姿に、碧南工科高校が人としての基本をしっかりと根付かせている学校だと改めて感じました。
案内されて向かった環境工学科の職員室は、当時と同じ4階にありました。そこで待っていると、ついに恩師・蜂須賀先生との再会の時を迎えました。お互いに「こんにちは!元気でしたか!」と声を掛け合い、42年という時を経てもなお、先生は変わらない笑顔で迎えてくださいました。そして、先生の言葉に胸が熱くなりました。
「仕事に選ばれる人間になれ」
現在、蜂須賀先生は校長職を退任された後も、週1度だけ非常勤という形で教壇に立ち続けておられるとのこと。その姿に「まだまだ負けていられないな」と心が奮い立ちました。
「まだ60歳なのかい」と冗談交じりに言われた言葉が心に染みるとともに、前線で活躍し続ける先生の姿に再び背中を押されたような気がしました。
思い返せば、あの頃は必死に努力していました。国家資格「公害防止管理者(水質4種)」を取得するために分厚い過去問を何度も繰り返し解き、ボロボロになった問題集を抱えて迎えた試験の日。クラスでたった2人しか合格しなかった中に自分の名前を見つけたときの喜びと達成感は、今でも忘れられません。
一方で、3年間ずっとクラス2位に甘んじた悔しさや、勉強だけでなく仲間たちと笑い合った青春の日々も、今の自分を形作る大切な記憶です。
BE-BOP-HIGHSCHOOLが人気だったあの頃。当時の碧南工科高校には、個性あふれるヤンチャな仲間たちがいました。否、ヤンチャな子ばかりでした。((笑))
授業中に早弁をする奴、校門前で服装検査に引っかかる奴――そんな日常が溢れる中で、不思議と彼らは優しくて、どこか純粋で、熱い友情を感じさせてくれました。
そんな青く、眩しく、切ない青春の日々を再び感じることができた42年ぶりの母校訪問。
先生から再びいただいた「仕事に選ばれる人間になれ」という言葉を胸に、あの頃の熱意を取り戻し、これからの人生をさらに充実させたいと思います。
母校で過ごした時間は、過去の自分と向き合い、未来を見つめ直す貴重なひとときでした。碧南工科高校で得た再会と学びに、心から感謝しています。そして、新たなスタートを切る力をもらったこの日を、これからも大切にしていきたいと思います。
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守田 智司
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