蒲郡市大宮神社例大祭!子供達が威勢よく叩く太鼓の音色と手筒の硝煙の匂いが、あの頃の懐かしい記憶を思い出せてくれた。

 

昨日は、旻天に恵まれ、無事に大宮神社 例大祭1日目を年行司としてお役を務めてきました。

 

 

私自身も小学生の頃から参加してきた地元のお祭り。

 

45年前、法被を着て、爆竹を鳴らし、太鼓を叩き友達と大宮神社境内を走り回っていました。

 

 

子供達が威勢よく叩く太鼓の音色は、あの頃の懐かしい記憶と匂いを思い出せてくれます。

 

 

前日の雨が嘘のように、晴れ渡る秋の空。

 

 

伝統ある祭りをこよなく愛し情熱を燃やす、地域の人々が大宮神社に集まります。

 

 

 

御由緒
蒲形、竹谷両庄開発の領主藤原俊成卿の娘菊姫は、この地に渡りきて涼ケ森に住居し、父の名を以て、元暦2年2月19日紀州那智山の下一野郷より若一王子熊野三社大権現を勧請されたと伝えられている。

 

文治2年2月14日に御本殿の造営があり、文永3年の境内図によれば、境内縦3丁横2丁本殿6間4面拝殿間口7間奥行4軒。鳥居まで110間とあり、その広大さが思われる。

 

延元3年9月6日の棟礼に初めて大宮大権現の御社名が見える。是に依っても御神徳の偉大さが伺われる。徳川3代将軍家光は慶安2年領主松平清昌の願により御朱印2石を下付され以後明治維新に至る。

 

この様に往古より領主領民の産土神として尊崇の念厚く、幾度か造営、修復がなされた。旧本殿は明応元年に造営されてより延に480余年御神徳弥弥により氏子の赤心に依って昭和48年10月12日新たに悠久不朽の御本殿として立派に改築された。時に氏子世帯数2550戸なり。

 

社  名  大宮神社  蒲郡市宮成町6番4号鎮座
御祭神  伊邪那美命 速玉男命 事解命

大宮神社HPより抜粋

 

 

 

 

夕方、陽が沈みかけ、提灯に火が入ります。

 

 

境内に入ると宮入を待つ屋台、そして祭りの熱気、お囃子の音色。

 

 

お祭りには、その土地、その土地の人々の「息吹」が感じられると思います。

 

そしてここには、蒲郡人としての私達の魂があります。

 

地元蒲郡の魂は、脈々と受け継がれていくと、子供達の太鼓の音色を聞きながら思いました。

 

 

 

ご神前での神楽奉納です。

 

 

ご神前での奉納を終え一同拝礼と万歳!

 

町に活気を与え続ける地元の祭り。

 

 

そして、そこに変わらぬ情熱で挑む人々がいます。

 

祭りといえば、花火。

 

神事に華を添えるのが三河地区伝統の手筒花火です。

 

 

その迫力と美しさに、しばし時間が過ぎるのを忘れます。

 

 

うちの年行司長の浅井さんがあげています。

 

 

 

高齢化が進み変わりゆく蒲郡の街。

 

コミュニティが作れるのがお祭りなんだと改めて思う。

 

地域共生社会。

 

こういった昔からの伝統文化を守る姿勢に地域共生社会の未来があるのだと思う。

 

ここには、ふるさとをこよなく愛し、次世代へ繋げるため伝統を必死で守ろうとする人達がいる。

 

街に奉仕する気持ちは、今も昔も変わらない。

 

 

 

 

振り返れば・・

 

朝から晩まで、走って走って、叫んで、山車を押して、語って、笑って、泣いたねぇー((笑)

 

喜怒哀楽という言葉がありますが、自分の持っている感情が全部噴出したお祭りでした。

 

こんな経験ができたのも年行司のおかげ。

 

年行司長の浅井さん、副年行司の横田さん、組年行司のオジョ先生、金原さん、石黒さん

 

それから、煙火保存会の皆さん、子供囃子保存会、常会長の皆さん、薬證寺のおっさん

 

お祭りにご協力して頂いた、町内のお役の皆様!

 

ありがとうございました!

 

The following two tabs change content below.

守田 智司

愛知県蒲郡市にあるハイブリット学習塾/未来義塾の塾長。10代で愛知県から大阪、東京まで自転車で走破!大学中は、バックパック1つで、アメリカ1周。卒業後、アメリカ・アトランタにて「大工」を経験。帰国後15年間、大手進学塾の教室長・ブロック長として教壇に立ち、2005年独立。 大型自動二輪、小型船舶2級免許所得。釣り、ウォーキングが好き!作家は、重松清さん、音楽は、さだまさしさんが好き。「質より量より更新頻度」毎日ブログを更新しています。